東日本大震災をきっかけに大事故に発展してしまった福島第一原子力発電所の問題。様々な人が東京電力や政府の対応に批判の声をあげているが、この問題は多くの企業にとっての無視できないものになっている。
 環境ジャーナリストとして様々な企業の「CSR」について調べている中野博さんは新刊『グリーン・オーシャン戦略』(東洋経済新報社/刊)において、企業のCSRの重要性を主張しているが、今回の東電の事故とその後の対応をどのように見ているのだろうか。緊急インタビューを行った。今回はその前編をお伝えする。

東京電力を通して「CSR」を見る

―今回、中野さんが執筆された『グリーン・オーシャン戦略』は、内容の軸として「CSR」を据えています。つまり、「企業の社会的責任」のことですが、現在起こっている福島第一原発事故を発端とする東京電力を通して、今後、企業の「CSR」のあり方が見直されてくるのではないかと思いますが、現在の「CSR」を取り巻く状況はどのようなものなのですか?

「そうですね。東京電力の問題はインターネット上でも、様々な経営の雑誌でも議論されています。それはどういうことかというと、東電を反面教師にしているということです。情報を開示しなかったり、私は原子力発電の専門家ではないので詳しくは分からないですが、津波や大地震に対してのリスク管理を怠っていたという部分、それと事故が起きてしまってから対応と、いろいろな企業が東電の失敗から学んでいる状況です」

―「CSR」という言葉をなかなか聞き慣れない人も多いと思います。これは、企業が自分たちの活動によって発生する社会への影響に対し、責任を持つという意味です。よく公害など、環境的な配慮とセットで語られることも多くあります。この、CSRという概念自体はかなり前に日本に入ってきたのですが、どの程度一般に認識されているのでしょうか。

大企業ではCSRに対しての認識はかなり深まっていて、そのための部署が設置されていたりしています。取材をした大企業のほとんどは、CSRは重要だと言っていますね。特に経営幹部や広報部の方々はその意識が強いです。つまり外に向けて情報を公開したりとか、ビジネス以外の部分、地域との関係などの部分を工夫しながらやっているというところだと思います。一方、中小企業クラスや一般個人になると、ほとんど知られていません」

中小企業の話は後ほどお聞かせ頂くとして、まずは大企業の「CSR」について聞きたいのですが、私自身、今から5、6年前頃に「CSR」に関して企業の担当の方からお話を聞く機会があったのですが、そのとき聞かされたのは「CSRの部署は窓際族の行くところ」という話で、すごく驚いたことを記憶しています。

「そうなんですよ。今でこそ、CSRはある意味で花形の部署になりつつありますが、最初にCSRに関する部署が企業に出来はじめた20年くらい前は、いわゆる窓際ですね。私も長くこの分野について取材を続けているのですが、当時、地球環境サミット(リオ・サミット)が終わって、相当機運も高まっているだろうと思ってお話を聞いたのですが、全くやる気を持っていない(苦笑)。むしろ愚痴を言い出すような感じでした。CSRというのは、そういった活動をするだけでなく、情報をどうやって公開するかというのも重要なのですが、結局雑用的に扱われていた部分もあると思います。ただ、ここ2、3年くらい前から企業内のCSRの位置づけそのものが変わってきています。だいぶ力を入れている企業が増えていますね。また、CSR室から取締役に就任する人事も出てきています」

―そういった中で今、東京電力の「CSR」が非常にクローズアップされています。東電はとりわけ社会的な影響力が強い企業ですし、「社会に対しての責任」を考えなくてはいけない企業であったと思いますが、どうしてああいった事態を引き起こしてしまったのでしょうか。

「まず、CSRを疎かにしてしまう企業の経営者は、自分の企業活動がどの程度社会に影響を及ぼしているか分からなくなっているケースが多いですね。組織が官僚的になっているところが多いと思います。もう1つが、情報公開の方法に問題があるケース。つまり、リスクについてほとんど情報を出してこなかった。常にリスクや安全性についての情報を開示している企業は、何か起きてもどのように解決するかといった方策を出しやすいですよね。隠すということは、社会不安を増大させてしまいます。だから、まずは謝って、それからどうするかを言う。どんなに管理していてもミスは起こります。そのとき、隠すとどんどんそれが肥大化してしまうんですね。情報の開示は難しいけれど、必ずしなきゃいけないことです。例えば、ちょっと前、松下電器ストーブ回収についての広告が頻繁に打たれていました。ああいう風に、様々なメディアを通して危険性を伝えて回収をするというところまでいくと、マイナス情報であってもユーザーは企業の姿勢に対して共感を覚えてくれます。そういったところが企業の信頼につながり、製品の売り上げも伸びるんです」

―確かに松下電器の事例は、東電の対応とは真逆ですね。情報発信もしなかったし、その後の方針もうやむやでした。柔軟に対応できない構造があったということでしょうか。

「おそらくCSR部署もあるし、報告書も作っているけれど、どこか慣例化していたんだと思います。そうなると、CSRを本気で経営の軸にしている企業とは差がつきますよね。その差が、フェイスブックやツイッターなどを通してクチコミで広がり、一つの大きなうねりができます。東電も、大地震や津波の影響で事故が起きてしまったのかも知れないけど、それ以前からしっかりメンテナンスしたり、対策を講じていれば良かったかも知れないし、徹底的に情報を開示して対応の方針を示しておけば、ここまでひどいことにはならなかったのではないでしょうか」

―でも、この事故を通して企業のあり方はだいぶ変わるのではないでしょうか。

「そう思いますよ。この『グリーン・オーシャン戦略』は地震が起きる前から執筆していたのですが、完成間近で地震や原発の問題が起きて、少し修正を加えたんです。書き直したのは『はじめに』の部分なんですが、経営者としての心のありようについても記述をかなり深めました。インターネットを通じて誰もが情報を流せるようになりましたし、逆にお客さんが賢くなって情報武装するようになったんです。だから、隠し事をしても仕方ない、どうせバレるのだから早く言って素直に謝ることが大切なんですよね」

(後編へ続く)

環境ジャーナリストとして企業を取材し続けてきた中野博さん