ジョージ・オーウェルの古典SF『1984』は、管理社会の恐怖と自由をなくした人間を描いた作品として、舞台となる時代1984年がとうに過ぎた現在でも多くの示唆と興奮を与えてくれる傑作小説です。

 民衆を完全に管理・支配する政府(党)、本当にいるかどうかもわからない指導者ビッグブラザー。戦争しているのは事実だが民衆にはその理由も明らかにされないし、相手もいつの間にか変わっているのになんの説明もない。すべての事実はねじ曲げられ、ねじ曲げられる理由すら判然としない。人々は街のあちこちに貼られた気味の悪いポスター「ビッグブラザーはあなたを見ている」から不断に監視され、交友や恋愛をふくめたいっさいの行動を管理されています。告発者が世にあふれ、息子が親を告発して賞賛される世の中。

 管理社会の恐ろしさをこれ以上に描いた作品はたぶんないし、『1984』を知らない人が管理社会を想像しても、たぶんこれ以上うまくは考えられないでしょう。未読の方は、ぜひ一読をオススメします。今読んでもムチャおもしろいです。

 かつてアップル社が、同社発のパーソナル・コンピュータMacintoshの素晴らしさを宣伝するにあたり、『1984』の世界観を引用したCM映像を制作したのは有名な話です。

 このCMの制作当時、「コンピューター」といえば会社や大学の「電算室」を占拠するでかいやつのことだった。パソコンなんてほとんどなかった時代です。

 そんな時代に流された「管理社会を打ち破るのは個人のコンピューターMacだ!」というアピールは、相当に響いたのではないかと思います。アップル社の(というより、スティーブ・ジョブズの)宣伝戦略は当時から天才的だったということがよくわかるし、『エイリアン』『ブレードランナー』のリドリー・スコット監督が演出した映像のクオリティもすばらしい。ついつい「おお、Macintoshこそがおれたちのツールだ!」とか思っちゃいそうになるもん。

 下記にYouTubeのリンクをあげておきますから、見たことのない人はぜひ一度ご覧になってみてください。

 とはいえ、かつては管理社会を打ち破る存在だったアップル社も、現在は逆にビッグブラザー化してるぞ、というのはよく入るツッコミです。典型的なのはApp Storeでしょう。商品を作る側の主張は基本的にみとめず、アップル社の一方的な「審査」に合格したものしか売らない。思いっきり管理してるじゃねえかよ! 

 むろん、ソフトウエアにはウイルスが混入したりすることもあるんだから「審査」は当然だ、ということもできます。でも、この「審査」が相当評判わるいのも事実。早い話が、「審査」の目が粗すぎるし、時間がかかりすぎるんです。

 じつは、私もちょっと前、本(印刷物)と同時リリースの予定だった電子書籍を審査に落とされたことがあるんですよ。審査に数週間とか長い時間をかけたあげく、かえってきた返事はノー。マトモに審査していたらそんな返事が返ってくるはずはない。審査をあおぐためには電子書籍アプリを作らねばならず、アプリ制作の代金もすべてパアでした。

 出版元の意向でそれ以上の交渉をしない、ということになりましたので従いましたけど、今でも思い出すだけでムカムカ腹が立ってきます。

 以来、「オレ、今度iPhone買ったんだ~」とかうれしそうに語るやつには「ケッ、あのファシズム企業の商品のどこがいい!」と毒づくことにしています(相手が怒らない人だとわかるとき限定)。

 そういう経験のある人が語ることですから、以下はアップルマンセー(っていうのかな、今でも)なユーザーにはあまり気持ちよくない話かもしれません。

 つい先日、アップル社のiPhoneとiPadが、ユーザーの位置情報を定期的に記録して隠しファイルに保存していたことが明らかになりました。話に聞くとふーん、な感じかもしれませんけど、私は友人が自分のiPhone情報をPCに取り込んだのを見たので、衝撃も大きかった。iPhone入手後の位置情報がすべて地図上に記載されるんです! むろん、子細に調べれば入ったお店もわかっちゃう!

 アップルはこれを一時的な処理のための取得であり、長時間記録されていたのはバグだと語っていますが、苦しい言い訳だと思います。キタネーことやってやがったんだよ(と、私は思っています)。

 この手の情報は、別にアップルが使わなくたっていいんです。ウラで流せばいい。個人情報と一定期間の位置情報がセットになった商品なんて、他じゃ得られないですからね。ブラックマーケットに流したら高い値がつきますよー。

 友人の位置情報が記録された地図を見ながら思いましたね。やはりアップルはビッグブラザーだったんだ!

 ところが、それからほどなくして、グーグルもAndroidで同じことをやってることが明らかになりました。ほんとにどいつもこいつも何やってやがんだ……。

 グーグルはアップルよりも罪が深いです。なんたってやつらはGmailアカウントを持ってるからね。

 グーグルの記録の恐ろしさを知りたい人は、Gmailのアカウントでログインして、「ウェブ履歴」で検索してみてください。あなたが過去に見たウェブページがほとんど記録されてるのがわかります。あなたが閲覧したエロサイトも闇サイトもむろん記録に残っています。

 グーグルがその気になれば、あなたに関して家族や友人、恋人以上の情報を得ることができるんです。さらに位置情報が加わったらもう、「あなたを世界で誰より知ってるのは友でも家族でもない、グーグルだ!」状態です。

 ……と、いうことを知っていても、私は依然としてGmail使ってるし、Androidユーザーなんですけどね。もともと無頓着なのと、センシティブになりすぎるとITテクノロジーは使えないものだ、というある種の諦念みたいなものも一応、あるんです。

 えーっと……フリーメール・サービスは一切つかわず、モバイル機器をもちいず、ネットショッピングもおこなわず、携帯電話ガラケーを使用、ならとりあえず安全なのかな(今のところ、だけど)。

アップルの伝説的CM「1984

http://www.youtube.com/watch?v=OYecfV3ubP8

iPhoneがユーザーの位置情報をこっそり記録――研究者の指摘で発覚

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/22/news019.html

Androidもユーザーの位置情報を記録、Googleに送信か

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/22/news063.html

Apple が位置情報問題に回答、「追跡目的ではない。バグも悪影響」

http://mainichi.jp/select/biz/it/japan_internet_com/archive/2011/04/28/allnet_20110428_4.html

(草野真一)