imas.jpg京都大学の授業で「アイドルマスターMAD」を教えた人がいると話題だ。アイマスが、なぜ京大に? 授業をした金丸先生に聞いてみると、ネットコミュニティの変遷についての授業だったとのこと。そこで金丸先生に、ネットコミュニティが作品を生み、発展していく仕組みについて詳しく解説をしてもらった。

アイドルマスター」は2003年にナムコより業務用ゲームとして発売されたアイドル育成ゲームだ。ニコニコ動画ではアイドルが踊る映像と、本来とは異なる音楽を組み合わせる「MAD」というタイプの動画としてブレイクした。MADの魅力に次々とクリエイターが映像作品を作り、いつしかアイドルマスターを使ったMADたちは「ニコマス」と呼ばれるようになった。ニコマスではゲーム映像を組み合わせた動画だけでなく、自分でゼロから手で描いた動画や、アドベンチャーゲーム風の動画、キャラクターの登場する小説を動画形式にしたものなど様々な種類の動画が作られ、アイドルマスターとして分類される動画は総数で12万件ともなっている。ニコマスの作品はプロと見まごう高度な映像技術を用いたものも多く、ニコニコ動画上では大きな存在感を示している。

そんな「ニコマス」を京大生に教えたのが京都大学大学院人間・環境学研究科 助教の金丸敏幸先生だ。いったいどうして京大で教えることになったのか? インタビューを行ってみた。

なお、今回のインタビューは文中にニコニコ大百科へのリンクが掲載されている。より深く知りたい人はリンクをたどって欲しい。

――なぜ、「ニコマス」を授業に
京都大学の教養系科目に「情報社会と人間」(京都外国語大学准教授の村上先生が担当)という講義があります。実際のサイトを紹介しながらインターネットについて学びを深めていく授業なのですが、このなかの1つとして、私がゲストとしてアイドルマスターをテーマに動画創作コミュニティの変遷を語りました。

――動画創作コミュニティの変遷とは
 ネットコミュニティのライフサイクルは工業製品のライフサイクルに似ている面があります。これはコミュニティを黎明期、成長期、発展期、衰退期に分けて分析するものです。時期を分けるキーとなるのはコミュニティの新規参加数と、新しい作品を生み出すイノベーションです。

 まず、黎明期です。この時期は本当に初期段階で、少数の人たちがワイワイとやってきて、新しい楽しさや技術で遊んでいる段階です。ここで、たまたま大ヒットが生まれると成長期に推移します。アイドルマスターでいえば「とかちつくちて」がブームだったころです。

 これは面白い、と周りが気づくと成長期に入ります。新しい技術や作品が生まれ、それに惹かれて次々と人が参加する好循環が生まれます。一番盛り上がっている時期といえるでしょう。やがてアイドルマスターでいえば週刊アイドルマスターランキングが始まったり、追加楽曲などがあるダウンロードコンテンツの提供が始まった時期です。

 コミュニティへの流入と流出が均衡し、総人口の増加が止まると発展期となります。発展期の特徴は基礎技術が確立し、その技術が高度になっていくことです。そうするにつれ、クリエイターは分業体制ができたり、専門化するようになってきます。発展期はアイドルマスターでいえば七夕革命以後ですね。

 人間の感覚というのは刺激が2倍になれば2倍刺激を感じる、というものではないんですね。音の大きさとその感覚を表す単位デシベルや、星光の強さとその見え方を表す等級もそうなのですが、2倍の次は4倍、4倍のつぎは8倍......という倍々の刺激がないと満足できないのです。満足する作品を作るための労力はどんどん増えていくため、専門化せざるをえない面があるのです。

 また、作品数が多いため、コミュニティが分化し、サブコミュニティができるようになります。それぞれのサブコミュニティで独自のイノベーションが起きて、そのコミュニティが発展していきます。ニコマスの場合「ノベマス」と呼ばれるアドベンチャーゲーム風の作品群がサブコミュニティだといえるでしょう。

 やがて面白い作品を作るための労力があまりにかかるようになり、新規作品数が減少しだすと衰退期です。初期から活動していたメンバーが離脱したり、小さいサブコミュニティはイノベーションの限界を迎えて活動が停止していきます。それに伴い参加総数が減っていき、徐々に衰退していきます。

 こうしたモデルは他のMADコミュニティや2ちゃんねるを中心としたFlashコミュニティのように様々なネットコミュニティに適応可能だとおもっています。ただし、あくまで分析は事後的なものであり、例えばニコニコ動画全体がいまどの時期か、などは簡単には分かりません。

――男性キャラクターが出ることで話題になった春発売予定の新作「アイドルマスター2」がニコマスに与える影響は?
 アイマスコミュニティが新しい成長期を迎える可能性がある、とおもっています。

 新しい作品が加わることで新たにゲームに触れる人が増えるので、コミュニティの人口が増えます。男性キャラクターの登場などでイノベーションの余地ができ、これまでにない作品が登場する可能性があるでしょう。

 ただし、ここでは対立も予測されます。長期化したコミュニティでは、長くいる人と新しい人で意見が対立してしまうのです。一つの作品を見たときに、新しい人には「新鮮で面白い」作品でも常連さんには「あたりまえ」だったりします。コミュニティが一枚岩ではなくなるんですね。

――ニコマスと他の動画コミュニティの異なる点は?
 クリエイターが技術を身につけていく仕組みではないでしょうか。教育においては二つのモデルがあると考えられています。一つが一般的なトップダウン型です。初歩的な内容を習い、中級の内容を習い、高度な内容を習う。体系的に作られた知識を教師・生徒という上下の関係で学んでいくもので、効率が良いとされています。

 もう一つが分散知というモデルで、企業におけるジョブローテーションがその例です。ある専門知識を先駆者との共同作業によって身につけ、また別の部署でこれまでとは異なる専門知識を身につける。その繰り返しで必要な技術を学んでいくモデルです。学ぶべき情報量が膨大な社会に適応した形だと言えます。

 ニコマスはこの分散知のシステムが整っていると考えられます。面白い動画を作る技術というのは教科書を読むというようなトップダウン式では身につかないんですね。他の人の作品を見たり、IRCというチャットを通して交流したり、合作で一緒に作ることで色々な人の専門性に触れ、身につけていく。ニコマスは特に合作や教育に意欲的で、みんなで作るイベントがいくつもあったり、作品制作を退いた人でもアドバイスを行うなど技術伝達の機会が豊富です。こうした分散知による教育システムが高度な形で発達しているため、レベルの高い作品が出てきたのではないでしょうか。

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 あるネットコミュニティの成長には、初期のヒット作と、その後の継続的なイノベーション、そしてそれを可能にする教育システムが重要だと分析してくれた金丸さん。取材後に「好きなキャラは?」と聞くと、「どのキャラクターも好きなので、これ、というのはないですね。ライブにもいきましたし、CDは一通り買ってます(笑) 曲だと"relations"ですね」と少しはにかんだように答えてくれた。

■補足資料

「ニコマス」を授業で取り上げる - ひとりのりつっこみ日記 村上正行先生による授業解説
「情報社会と人間」2010年11月10日講義資料 授業で実際に使われた資料

(伊豫田旭彦/ニコニコ学術チャンネル)